浅田次郎「終わらざる夏」
「終わらざる夏」上、中、下 3巻読みました。
終戦直前の日本。シュムシュ島の話です。
あらすじ
上
戦況も敗色濃厚な昭和20年夏、3人の男に召集令状が舞い込み、北の孤島へ。45歳の片岡。4度目の召集となる歴戦の兵・鬼熊。若き医学生・菊池…。戦争の理不尽を重層的に描く渾身の長編。
1945年、夏。すでに沖縄は陥落し、本土決戦用の大規模な動員計画に、国民は疲弊していた。東京の出版社に勤める翻訳書編集者・片岡直哉は、45歳の兵役年限直前に赤紙を受け取る。何も分からぬまま、同じく召集された医師の菊池、歴戦の軍曹・鬼熊と、片岡は北の地へと向かった。―終戦直後の“知られざる戦い”を舞台に「戦争」の理不尽を描く歴史的大作、待望の文庫化。第64回毎日出版文化賞受賞作。
中
片岡の一人息子・譲は、信州の集団疎開先で父親の召集を知る。譲は疎開先を抜け出し、同じ国民学校六年の静代とともに、東京を目指してただひたすらに歩き始めた。一方、片岡ら補充要員は、千島列島最東端の占守島へと向かう。美しい花々の咲き乱れるその孤島に残されていたのは、無傷の帝国陸軍、最精鋭部隊だった。―否応なく戦争に巻き込まれていく人々の姿を描く著者渾身の戦争文学、中編。
下
1945年8月15日、玉音放送。国民はそれぞれの思いを抱えながら、日本の無条件降伏を知る。国境の島・占守島では、通訳要員である片岡らが、終戦交渉にやって来るであろう米軍の軍使を待ち受けていた。だが、島に残された日本軍が目にしたのは、中立条約を破棄して上陸してくるソ連軍の姿だった。―美しい北の孤島で、再び始まった「戦争」の真実とは。戦争文学の新たなる金字塔、堂々の完結。
シュムシュ島の戦いを知らなかった私。
教科書ではさらっと一行で処理されてしまいますが、8月15日、日本が無条件降伏したにもかかわらず、その3日後ソ連軍はシュムシュ島に上陸しました。満州だけではなくて、日本の北方の島で起きた史実です。その戦いのこと知ってましたか?
最北の島
千島列島の最北、日本領土の北の端がシュムシュ島(占守島)です。
当時北方から攻められるかもと思い、大本営はシュムシュ島にも2万人を超える精鋭部隊を配備していました。
実際は南方の島から北へ北へと攻められ、アメリカ軍は沖縄に上陸。(あと硫黄島にも)シュムシュ島の兵力を他の戦地に移したくても、すでに輸送する術がなくなってしまい、結局アメリカ軍と戦わないまま8月15日を迎えます。
そしてその3日後、ソ連軍がシュムシュ島に攻めてきます。
詳しくはこちらを参考にしてください。
日本人には知っておいてほしい北方門題
どうして無条件降伏を無視してでもソ連は攻めておきたかったのか。
順番に島を落として、北海道の半分を領土にしたいと思っていた野望を知ると、恐ろしいです。実際シュムシュ島のあと徐々に南下して、日本が降伏文書に署名した9月3日までに色丹島までやってきていたようです。
今でも北側の領土と国境の話は不明確なままですが、北方領土問題って島の話だと思うでしょ?島だけの面積は少しかもしれませんが、それに伴う領海は広いのです。海産物や資源の権利ももちろんですが、軍事上もすごく大事。改めて気づきました。
感想
いろんな思いがありすぎて、なかなかまとめられず、紋々とPCに向かっています(^-^;
日本の美学の詰まった作品
登場人物は皆頭がよく、軍人である前に人間らしさのある人たちです。
片岡さんが翻訳した原稿を大事に持っていた吉江少佐。
中村伍長の押し花。
鬼熊軍曹の母への手紙。
いつもぴかぴかに磨かれていた戦車。
遺品に前妻の位牌があったら悲しむと思い処分する大屋准尉。
ソ連兵に水を飲ませる片岡さん。
なんとか女子を島から脱出させたい渡辺中尉。
英語ではなくロシア語ができる軍使だったとしても、この戦いはどうにかできるものではなかったのだろうと思います。
最後の土壇場で、缶詰工場で働く10代の400人の女子をソ連軍に指一本触れさせることなく、なんとか北海道に向け出発させます。
その時その時できることは全部やった。すごいことだと思います。
シュムシュ島は草花が咲き乱れる美しい島だそうです。ここに残る戦車をみるとラピュタみたいだなと思いました。
昭和初期のモダンな東京
同潤会の「江戸川アパートメント」は昭和9年に完成し、片岡さんはここに住んでいました。
空襲でもRC造なので、警報がなったら地下に逃げるだけでよかった、というのは、周りから見たらかなりうらやましかったと思います。もちろん家賃も高いし、誰でも住めるというわけではないですよね。
「地下鉄に乗って」でも思ったのですが、当時のモダンでハイカラな東京に憧れます。
当時の仕組みがよくわかる
例えば召集令状は誰が書いているのだろう?とか、令状が着た後は?とか、そのとき会社勤めだったらどういう扱いになって、お給料は?とか、とてもおもしろく読みました。
すでに当時「サラリーマン」という働き方があったことにまず驚くのですが、召集を受けると会社は退社、家賃が払えなくなるから、奥様は実家に身を寄せることが多かったようです。
千人針は武運を願って出征のときに持たせたのは知っていましたが、寅年生まれの女性は年齢の数だけ縫っていいのだそうです。でも、これも気持ちだからね。足りなかったら自分で縫ったらいいのよ。と言うのも現実味がありました。
普段聞きなれてない船舶兵、輜重兵、また軍医の話、いつもは脇役であまり光があたらないことが多いですが、軍は組織。色々な仕事があって成り立っているわけで、仕組みを知るのも面白かったです。
ソ連軍の兵士側からも描くところがすごい
なんで攻めてくるの?憎い!!と完全にソ連軍を悪者にしてしまわないところが、さすがだなと思いました。
ソ連側も含めてですが、シュムシュ島で戦死した人は皆、数日前に「生きて故郷に帰れる」と思った人ばかりです。愛する人がいたのは敵味方関係なくみんな同じだったと言いたかったのだと思います。
長編ですが、読み応えのある作品でした。難を言うと、手紙や報告書の部分の旧字が少し読みにくかったかな。
浅田次郎の描く世界は、すこしファンタジーもありますが、美しくてとても好きです。作戦があり、そのための人員があり、数字が名前になり、召集となり会社を辞めて、長旅を経て戦地に赴任。民間人が軍人になるまでの日常や心遣いを丁寧に描いています。それにかかわる人たちの思いもたくさん詰まっています。
ドラマか映画化を強く希望します(^-^)